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札幌地方裁判所 昭和40年(ヨ)464号 判決

申請人 谷建夫 外一名

被申請人 三洋電機株式会社

主文

一、申請人等が被申請人の従業員としての地位を有することを仮に定める。

二、被申請人は昭和四〇年八月二七日以降毎月二五日限り、申請人谷建夫に対しては一ケ月金二万一、〇〇〇円、申請人佐藤晟に対しては一ケ月金二万〇、三〇〇円の割合による金員をそれぞれ仮に支払え。

三、訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実および理由

第一、当事者双方の求める裁判

申請人等代理人は主文同旨の裁判を求め、被申請人訴訟代理人は「申請人等の本件仮処分申請を却下する。」との裁判を求めた。

第二、当事者間に争いのない事実

一、被申請人は電気製品の製造販売等を業とする株式会社であり、札幌市において札幌営業所および札幌サービスセンターを有し、右サービスセンターは北海道内に別紙系統図のとおり(ただし本件に関係あるものに限る。)のサービス連絡所(以下S連という。)およびサービス駐在所(以下S駐という。)を有している。

二、申請人等の雇傭関係

(一)  申請人谷は昭和三六年四月一七日被申請会社に入社し、同三八年四月同社札幌サービスセンター(以下単にサービスセンターという。)勤務となり、同年六月より岩見沢S連に勤務して電化製品の修理業務に従事していた。

(二)  申請人佐藤は昭和三七年四月二一日被申請会社に入社し、昭和三九年七月より同社札幌営業所に所属し、被申請会社社員の身分のまま岩見沢市所在の申請外道央三洋株式会社(以下道央三洋という。)において出向社員としてセールス業務に従事していた。右道央三洋は被申請会社の製品の販売を業とする会社で、昭和四〇年七月当時同社の役員、従業員の総数一七名中、七名が被申請会社からの出向社員であつた。

(三)  申請人谷が被申請会社より支給を受ける賃金は昭和四〇年七月当時一ケ月金二万一、五七〇円であり、申請人佐藤が出向先の道央三洋より支給を受ける賃金は前同月当時一ケ月金二万〇、三三〇円であり、いずれも毎月二五日に支払われていた。

三、本件解雇の経過

(一)  申請人等に対する異動命令

(1)  被申請会社は、就業規則第二二条に基き申請人等に対し次のとおり異動を命じた。

(2)  被申請会社は昭和四〇年七月申請人谷を岩見沢S連より滝川S連に転勤させることとし、その旨申請人谷に内示した。

(3)  その後、被申請会社は転勤先を留萌駐在所に変更し、同年七月三一日サービスセンター所長森繁和より申請人谷に対し、同年八月七日附で右駐在所に転勤すべき旨の転勤命令を告知した。

(4)  被申請会社は申請人佐藤の道央三洋への出向を解くこととし、昭和四〇年八月五日札幌営業所長北尾啓造より申請人佐藤に対し、同月六日附で出向を解き右営業所企画課勤務を命ずる旨の命令を告知した。

(二)  申請人等の異動命令違反と懲戒処分

申請人等は前記各異動命令(以下本件異動命令という。)に従わず、指定された勤務配置につかなかつたので、被申請会社は同年八月一二日申請人等に対し、申請人等が加入している申請外三洋電機労働組合との間に締結されている労働協約(別紙抜萃参照)第一六条第一号、第一一号および第一七条第一号、第一一号により、七労働日間出勤停止の譴責出勤停止処分の決定をし、同月一三日申請人等にその旨告知した。右出勤停止期間は同月二四日の経過により満了したが、申請人等はその後も本件異動命令に従わなかつたので、被申請会社は昭和四〇年八月二六日労働協約第一八条第一項第一号に基づき申請人等に対し、懲戒解雇の意思表示をした。

第三、争点

一、申請人等の主張

(一)  申請人谷について

(1)  申請人谷の活動

申請人谷は、被申請会社に勤務しながら日本民主青年同盟(以下民青という。)に加盟し、その活動としてサークル活動、フオークダンス、うたごえの集い等に積極的に参加するとともに、職場の仲間を右活動に参加するよう勧誘する等活溌に活動していた。

(2)  懲戒解雇の無効

被申請会社は常日頃より、申請人谷の行動を調査していたが、昭和四〇年七月三〇日岩見沢S連所長真木毅ほか一名が寮に赴き、申請人谷の部屋に無断入室して調査し、更に同日同社社員より谷の行動につき調査し、申請人谷が民青同盟員であることを確認したうえ、翌三一日転勤先を滝川S連から留萌S駐に急拠変更し、何らの理由を明示することなく申請人谷に告知した。しかるに、右S駐は所員一名の駐在所であり、従つて所員は全商品の修理業務ができなければならないのであるが、申請人谷は電化製品の修理はできるが、無線関係の電気製品の修理はできないのであつて、そのような者を右S駐に駐在させる業務上の必要性はなく、また、右S駐は一名勤務である関係上、民青の活動も極度に制約される条件にあるから、申請人谷に対する本件転勤命令は明らかに同人の民青の一員としての活動を嫌悪した結果なされたものであり、思想信条による差別待遇として無効である。従つて右転勤命令に違反したことを理由とする本件解雇もまた思想信条による差別待遇であり、かつ権利の濫用であるから無効である。

(二)  申請人佐藤について

(1)  申請人佐藤の活動

申請人佐藤は、同谷等と共に学習会「わかもの」に加入し、「わかもの」のサークル活動に積極的に参加して同谷と共に活動していた。

(2)  懲戒解雇の無効

被申請会社は常日頃より、申請人佐藤の勤務外の活動を調査し、同人が「わかもの」のサークル活動を行つていることを知悉していた。さらに、申請人佐藤は昭和四〇年七月三〇日前記真木毅外一名が寮の申請人谷の部屋に無断入室したことにつき、同年八月三日同谷とともに道央三洋常務取締役市川高司に対し右事件につき抗議したところ、同月六日被申請会社より、道央三洋にいては市川常務との折合いが悪くなるからとの理由で出向を解く旨命ぜられたものである。従つて、右命令は申請人佐藤が同谷と行動を共にしているところから民青の同調者であるとしてなされたもので、思想信条による差別待遇であると同時に、業務上の必要性が全くなく、私的感情によるものであり、権利の濫用であるから無効である。従つて、右命令に違反したことを理由とする本件解雇もまた思想信条による差別待遇であり、かつ権利の濫用であるから無効である。

(三)  申請人等は被申請会社に対し、解雇無効確認の訴を提起すべく準備中であるが、申請人等は労働者であつて賃金のみで生計を維持しているので、本案判決の確定を待つては著しい損害を蒙るおそれがある。

(四)  被申請会社の主張に対する答弁

被申請会社の主張事実はいずれも否認する。

二、被申請会社の主張

(一)  申請人等の主張に対する答弁

申請人等の主張(一)、(二)の各(1)の事実は不知、各(2)の事実は否認する。

(二)  申請人谷に対する転勤命令の理由

被申請会社札幌サービスセンター所長森繁和は、昭和四〇年七月滝川S連の従業員一名が岩見沢S連へ転勤したので、その補充として申請人谷を滝川S連に転勤させる予定で、その旨本人に内示し、一方被申請会社本社にその決済を求めたところ、本社より留萌S駐勤務の者を稚内に転勤させる予定であるから申請人谷をその補充として留萌S駐に転勤させ、そこの責任者とするようにとの指示があり、昭和四〇年七月三一日前記第二、三、(一)、(3)の転勤命令を発したものである。

(三)  申請人佐藤に対する転勤命令の理由

昭和四〇年六月一日道央三洋の経営会議において、被申請会社からの出向社員が多いため道央三洋の経営負担が重いので、一、二名の従業員の出向を解き被申請会社に戻すことが提案され、その人選を被申請会社および道央三洋で検討することとなつた。その後被申請会社札幌営業所においてステレオ担当部門が新設され、同所企画課員井上惇が同年七月一〇日よりステレオ係に配置換になつたので、企画課員の補充の必要上、同月二五日申請人佐藤の出向を解き右営業所企画課勤務とすることに被申請会社の内部決定をなし、同年八月二日労働協約第五条により三洋電機労働組合に通知した。そして偶々札幌営業所長が本社に出張中であつたので、帰札後同月五日申請人佐藤に対し、前記第二、三、(一)、(4)の命令を発したものである。

(四)  本件異動命令と懲戒解雇の有効

申請人等に対する異動命令及び懲戒解雇はいずれも申請人等の思想と無関係である。被申請会社は、昭和四〇年八月七日申請人等が共産党員等と共に道央三洋に押しかけ、常務取締役市川高司に面会を強要し、同人をつるしあげてその業務を妨害するという事件があつたことから、はじめて申請人等が共産党員あるいはその同調者であるらしいことを知るに至つたのであり、本件異動命令は、右事件の前に発せられており、いずれも業務上の必要に基くものであるから有効である。申請人等が右異動命令に従わないため、被申請会社は前記第二、三、(二)の経緯により申請人等を懲戒解雇したもので、懲戒解雇の理由は申請人らの思想とは関係がなく、労働協約所定の要件を充足しているから有効である。

第四、証拠関係〈省略〉

第五、争点に対する判断

一、証人松山洋行の証言、申請人等各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が認められる。

申請人谷は昭和三七年一二月、民青に加入し、同三九年ごろ、民青の岩見沢地区委員、同四〇年春には岩見沢地区常任書記長となり、学習会や軍事基地撤去の全国統一行動に参加したり、原水爆禁止のための街頭署名運動を展開したりして活発に活動してきた。そのほか、申請人谷は、同三九年二月、職場の同僚などを誘つてサークル「わかもの」を結成し、同年九月まで初代会長を勤めた。申請人佐藤は同年一二月ごろ、右「わかもの」に入会し、申請人谷と共にフオークダンス、うたごえの集いや学習会などの催しを行うなどの活動をしていた。当時右「わかもの」には申請人等のほかに、道央三洋の従業員松山洋行、同海藤などが加入していたほか、同社の従業員米田、関の両名が時折「わかもの」の会合に参加していた。

以上のとおり認められ、他に右認定に反する疎明は存しない。

二、証人市川高司、同真木毅(但しいずれも後記措信しない部分を除く。)、同坂田重次郎、同松山洋行の各証言、申請人等各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が認められる。

道央三洋は被申請会社の系列会社で、主として被申請会社の製品の販売を業としており、被申請会社札幌サービスセンター岩見沢S連は右道央三洋岩見沢本社の建物の一階を事務所として使用しているほか、被申請会社札幌営業所所長が道央三洋の社長を兼務し、被申請会社の従業員が出向社員として道央三洋に勤務したり、右会社の従業員が逆出向社員として右岩見沢S連に勤務するなど、人事面でも極めて密接なつながりを有していた。

道央三洋常務取締役市川高司は昭和三六年七月ころ被申請会社より道央三洋に出向した者であるが、右市川は、申請人谷が昭和三八年六月岩見沢S連に転勤して来てから間もないころ、同人が民青に関係しているという話を聞き、同人が民青の同盟員であることを知悉していた。そして市川は昭和四〇年四月ころから申請人佐藤に対し、トラツクセールの途次などに時々「谷君みたいな人とはつきあわない方がよい。」と云つて、暗に民青や「わかもの」と関係せぬようほのめかしたり、前記松山が当時申請人谷と一緒に夜遅くまで行動していたことにつき、右松山の行動を監視せよと言つたことがある。また、被申請会社は、岩見沢市元町所在の申請外坂田重次郎所有家屋の二階を寮として借り受け、申請人等は右松山外二名と共に右寮に居住していたのであるが、昭和四〇年七月二一日夜申請人等が右寮の申請人谷の部屋において、前記関および海藤と四名で原水爆禁止問題について学習会を開いたところ、翌二二日昼ごろ市川において関に対し、「昨日君は谷君の部屋へ行つたろう。何をしたんだ。誰々が行つたんだ。」と何度も問いただした。またそのころ市川は道央三洋において関に対し、「わかもの」とか民青とかには近寄らぬようにと言つたことがある。同年七月二九日札幌サービスセンター所長森は申請人谷に対し、滝川S連への転勤命令を内示したが、その翌三〇日市川は岩見沢S連責任者真木毅と共に突然寮に赴き、前記坂田に対し、「部屋を汚しているかどうかちよつと見せてくれ。」と言つて申請人等に無断で留守中の申請人等の部屋に立入り、二、三分間部屋の中を見たが、その際右両名は申請人谷の部屋の壁に「アカハタ」あるいは民青の新聞が貼つてあり、机の上に共産党の参議院議員選挙立候補者に関する新聞の切り抜きが貼つてあることなどを見て行つた。

また、右岩見沢S連責任者真木毅は昭和四〇年春ころ前記松山に対し『「わかもの」というのは何をやつているのか。』とか「谷君が毎晩袋を持つて出かけるが、どこへ行つているのか。」と尋ねたことがあり、同年七月二六日には海藤に対し「わかもの」に入つているかどうか尋ねたうえ、同人に「わかもの」は民青の活動の場だという話をした。また、そのころ、勤務時間中に前記米田を喫茶店「ミレツト」に呼び出して、「わかもの」や申請人谷の活動について情報を聞き出そうとした。

また前記札幌営業所長北尾は申請人等に対する本件解雇の意思表示の直後、道央三洋の宿直室に同社の従業員を集め、「わかもの」や民青に近寄るなという趣旨の訓辞をしたことがある。前記関、海藤の両名は申請人等の解雇の後に「わかもの」の活動をやめている。

以上の事実が認定でき、証人市川高司、同真木毅、同北尾啓造、同森繁和の各証言中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信し難く、他に右認定を動かすに足る疎明はない。

三、申請人谷に対する本件転勤命令の効力

証人森繁和、同真木毅の各証言、申請人谷本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

昭和四〇年当時岩見沢S連には責任者の真木毅と申請人谷、道央三洋よりの逆出向社員である前記松山洋行の三名が勤務していた。右S連のサービスは、大別すると技術部門と部品供給部門とに分かれるが、技術部門は更に無線関係(ラジオ・テレビなど音声を発する電気製品を取り扱う。)、電化関係(洗濯機・冷蔵庫などいわゆる家庭電化製品を取り扱う。)、電熱関係(アイロン・ポツトなどニクロム線より発する電熱を利用する電気製品を取り扱う。)の三種類の技術に分かれる。申請人谷は右S連において、電化および電熱関係の修理並びに部品供給部門を担当し、松山は電熱関係の修理のほかに無線および電化関係の修理をやつていたが、申請人谷も松山も無線関係の専門的な教育を受けておらず、右S連の無線関係は弱体であつた。そのため昭和四〇年四、五月ごろ前記真木は札幌サービスセンター所長森繁和に対し、岩見沢S連に無線関係の技術者を一名まわしてくれるよう要望していたところ、滝川S連の石橋と申請人谷とを交換することになり、同年七月二九日右森から申請人谷に対し、滝川S連への転勤が内示された。ところが、翌三〇日夕刻に至つて右人事交流の計画は変更され、申請人谷を旭川S連の留萌S駐に責任者として転勤させることとなり、翌三一日右森より申請人谷に対し、八月七日付をもつて留萌S駐へ転勤を命ずる旨告知された。右留萌S駐は、同年七月一日に開設された一名勤務制のサービス駐在所であり、右開設当時札幌サービスセンター管内には駐在員として適任者がいなかつたところから、森は右駐在員を被申請会社本社の方から派遣してくれるよう要望していたが実現しなかつたので、とりあえず被申請会社系列の販売会社である申請外旭川三洋株式会社からの逆出向社員を駐在員としていた。ところで、右逆出向社員は、もともと無線関係の専門技術者であつたが、留萌S駐では一名で全業務を処理せねばならぬため、被申請会社は、右社員に特に部品関係の教育をした上右S駐へ勤務させた。ところが、申請人谷の場合は、右S駐への勤務に当り、全く無線関係の技術の研修の機会あるいは準備期間が与えられなかつた。

右認定事実からすれば、本件転勤命令当時、留萌S駐はまだ開設後わずか一ケ月であり、基礎の定まらない状態にあつたものと推測されるが、同所に着任する駐在員は以後一人でS駐の業務万端を取り扱うわけであるから、駐在員の責任ははなはだ重大であつたと考えられる。他方右駐在員として転勤を命ぜられた申請人谷は、当時、入社後まだ四年目であり、しかも無線関係の技術を有しなかつたのであるから、いわば電気技術者としてまだ一人前とはいえない者であつた。しかるに、今日テレビの普及は目ざましいものがあること公知の事実であり、いかに留萌という小都市のS駐の駐在員とはいえ、テレビ・ラジオ等の修理依頼が少くはないはずであり、無線関係の技術を有しなければ、業務の運営に大きな支障をきたすのであろうことは必至である。それだからこそ、留萌S駐の設立の際、被申請会社は申請人谷を右S駐の責任者として適任であるとは考えず、その結果他社からの逆出向社員により補充して右S駐を発足させたものと解せられる。しかるに、被申請会社は右S駐発足の一ケ月後である七月三一日に、技術経験ともに未熟である申請人谷に対し、右S駐の責任者として充分その任に耐えうるよう無線関係の技術につき研修の機会を与えるというような準備段階を何等経ることなく、突然従来進行していた岩見沢S連と滝川S連の人事交流計画を変更して、僅か一週間後の八月七日より留萌S駐に勤務するよう命じたわけであり、右転勤命令は、およそ申請人谷の能力、適性を無視したものであつて、業務上の必要性に基くものとはいい難い。

他方、申請人谷にとつて、留萌S駐は一人勤務制であるから、サークル活動をするにも岩見沢S連に比し種々の不便があるであろうことは容易に予測されるところである。右認定の諸事情に、前記第一、二項に認定した申請人谷の活動およびこれに対する被申請会社の態度に関する諸事実を綜合すれば、申請人谷に対する本件転勤命令は、同人の共産主義思想および政治活動を嫌悪して発せられたものというべきである。従つて、右転勤命令は、申請人谷の信条を理由としてその労働条件につき差別的取扱いをするものであるから、労働基準法第三条に違反し無効と認めるのが相当である。

四、申請人佐藤に対する本件異動命令の効力

証人北尾啓造(但し後記措信しない部分を除く。)、同市川高司、同庄司達生、同佐古克徳の各証言、申請人等各本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

(一)  申請人等は昭和四〇年七月三一日、前記一で認定したとおり前記市川及び真木が同月三〇日申請人等に無断で寮の申請人等の私室に立入つた事実を知り、同年八月三日道央三洋岩見沢本社において右市川に対し厳重に抗議し同人の謝罪を要求したところ、札幌へ行つて北尾所長の意見を聞こうということになり、同日申請人等は市川と共に札幌営業所に赴いた。同日午前一一時半ころ右北尾に会つたところ、同人は、寮は会社が管理しているものであるから立入るのは当然の権利である旨答え、逆に申請人等を一名宛引きはなして、申請人佐藤を所長室に入れ、寮に立入つたからといつて上司に抗議をするような考え方は間違つているといつて同日午後七時すぎまで説諭した。しかし、申請人佐藤はあくまで市川の謝罪を要求したので話合いがつかなかつた。なお右話合いの際、北尾は、申請人佐藤の異動については何も触れるところがなかつた。

(二)  同月五日朝申請人佐藤は前記北尾の呼び出しを受けて札幌営業所へ行つたところ、北尾から申請人等が市川に抗議したことにより、今後申請人佐藤と市川の折合いがうまく行かなくなるだろうから、翌六日より申請人佐藤の出向をとき札幌営業所企画課へ勤務させることにする旨申し渡した。同五日午後より三洋電機労働組合札幌分会の職場委員会が開かれ、申請人佐藤に対する右異動命令及び寮の私室への無断立入りの問題が審議された。その際にも被申請会社側は右異動の理由として、申請人等が市川に抗議したので、同人と申請人佐藤との折合いが悪くなり、業務上差しつかえるという説明がなされたのみであつた。しかし、申請人佐藤は、右異動命令は正当な抗議に対する報復であるとしてこれに従わず、申請人谷とともに抗議を続けた。

(三)  同月九日被申請会社本社営業本部長室室長庄司達生が来道し、道央三洋岩見沢本店において申請人等と話合いをした。庄司は右両名に対し異動命令に従うよう説得したが、その際にも申請人佐藤の異動は寮への立入り問題の起る以前に既に決つていたという説明はなされず、上司である市川との折合いが悪くなるから異動命令に従う方がよいという勧め方をした。

以上の通り認められ、証人北尾啓造の証言中、右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して容易に信用できず、他に右認定を左右するに足りる疎明は存しない。

右認定事実によれば、被申請会社札幌営業所長北尾啓造および本社営業本部長室室長庄司達生はいずれも、申請人佐藤に対する本件異動命令が寮への無断立入り問題の発生する前に決定されていたなどとは申請人等に何等告げておらず、かつ異動の理由についても、一貫して申請人等の抗議によつて、市川と申請人佐藤とが不和になつたから、二人を引き離すために申請人佐藤を異動させるのであるという趣旨の説明をしているのみであつて、これらの事情に前記第一、二項に認定した事実を綜合すれば、右異動命令は、申請人佐藤が同谷と共に、寮への無断立入り事件につき抗議したことに対する報復として発せられたものであり、右事件以前に決定していたものではないと推認せられる。

右認定に反する証人北尾、同市川、同庄司の各証言部分は前記証拠に照し信用できないし、乙第三、第一九号証もまた前掲各証拠並びに前記認定の諸事実に照しその日付の日時に作成されたものとは認め難い。

次に、右異動命令の効力につき考えるに、前記第五の二に認定したごとく、施設の維持につき何等具体的な必要も認められないのに、申請人等の留守中に無断で寮の申請人等の私室に立入つた前記市川および真木の行為はいかに被申請会社の寮であるとはいえ、申請人等の住居の平穏および私生活の自由に対する違法な侵害行為であると解すべきであり、右侵害に対し抗議した申請人等の行為は正当であり、右抗議に対する報復としてなされた前記異動命令は、権利の濫用として無効であるといわざるを得ない。

五、懲戒解雇の効力

申請人等が本件異動命令に従わず、被申請会社から労働協約第一八条第一項第一号により懲戒解雇の意思表示をされたことは当事者間に争いがない。しかしながら、申請人等に対する本件異動命令がいずれも無効であること前記のとおりであるから、申請人等が右命令に従わなかつたことをもつて違法であるとはいいえず、右命令に従わなかつたことを理由とする本件懲戒解雇は、いずれも労働協約第一八条第一項第一号所定の「労働協約および会社諸規定を犯し、注意を加えても従わない時」に該当しないものと解するのが相当である。そうすれば、申請人両名に対する本件懲戒解雇の意思表示はいずれも無効であるというべきである。

六、保全の必要性

本件解雇当時、申請人谷が被申請会社から一ケ月金二万一、五七〇円、申請人佐藤が道央三洋から一ケ月金二万〇、三三〇円の割合による給与を、いずれも毎月二五日に支払いを受けていたことは当事者間に争いがなく、被申請会社が本件解雇の意思表示をなした日の翌日である昭和四〇年八月二七日以降申請人等を被申請会社の従業員として取扱わず、かつ同日以降の給与の支払いを拒んでいること、申請人佐藤が右給与を唯一の生活の資としていることは弁論の全趣旨によつて明らかであり、申請人谷本人尋問の結果によれば、同人は現在民青の専従として、民青より毎月一定の活動資金を受けているが、結局被申請会社からうける給与を生活の資とするほかないことが疏明せられる。よつて申請人等は本案判決を待つていては著るしい損害を受けるおそれがあるから、これを避けるため本件仮処分を求める必要性があるといわなければならない。

七、結論

以上のとおりであるから、申請人両名が被申請会社の従業員としての地位を有することを仮に定め、かつ被申請会社に対し、昭和四〇年八月二七日から、申請人谷については前記給与額の一部である一ケ月金二万一、〇〇〇円の割合による金員を、申請人佐藤については前記給与額の一部である一ケ月金二万〇、三〇〇円の割合による金員を、いずれも毎月二五日限り支払うことを求める申請人両名の本件仮処分申請は、いずれも理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原康志 松原直幹 黒木俊郎)

(別紙)〈省略〉

労働協約抜萃

第一六条 組合員が次の各号の一つに該当する時は、譴責処分とし、情状の重い時は、減給もしくは出勤を停止する。

(1) 労働協約および会社の諸規定に違反した時

中略

(11) 正当な理由なく、上長の指示命令に従わなかつた時

第一七条 組合員が次の各号の一つに該当する時は、減給もしくは出勤停止とし、その情状の重い時は懲戒解雇とする。

(1) 前条各号の行為が再度に及ぶか、またはその情状の重い時

中略

(11) 許可なく他人を工場内に誘致し、もしくは上長にこれとの面接を強要した時

第一八条 1 組合員が次の各号の一つに該当する時は、会社は懲戒解雇する。

ただし情状酌量の余地があるか、あるいは改悛の情の著るしい時は、その情状に応じて諭旨退職、出勤停止、減給の懲戒処分にとどめることがある。

(1) 労働協約および会社諸規定を犯し、注意を加えても従わない時

後略

2 省略

以上

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